抗毒素製剤の高品質化、及び抗毒素製剤を用いた
治療体制に資する研究 [AMED阿戸班]

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2022.05.26

COVID-19(特にオミクロン株)に対する広域中和抗体の効果について千葉先生に解説いただきました。

新型コロナ広域中和抗体は第二世代へ

〜ソトロビマブの米国EUAからの削除と後継の中和抗体〜  

  2022.05.12  国立感染症研究所客員研究員・東京理科大学名誉教授 千葉 丈

我が国では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療に有効な2種の新型コロナウイルス(SARS- CoV-2) 中和抗体が特例承認を受けている。中外製薬の「ロナプリーブ」(カシリビマブ/イムデビマブ) とグラクソ・スミスクラインの「ソトロビマブ」であり、そのどちらもが、重症化リスクの高い軽症から 中等症の患者の入院や死亡リスクを下げる抗体医薬として使われてきた。しかしながら、SARS- CoV-2の感染能力の高い変異株、あるいはその下位系統が次々と登場して、次々に、かつ急激に感染能力の高い系統に置き代わり、これらの中和抗体では中和できない(増殖を抑えることができない)事態になってきている。

SARS- CoV-2に特異的な「ロナプリーブ」はデルタ株よる我が国の第5波では効果を発揮して、新規感染者の急激な減少に貢献したと思われるが(https://www.serum-therapy.com/blog/post-573/)、デルタ株に置き換わったオミクロン株に対しては、その中和活性が減弱していることが明らかになった(https://chugai-pharm.jp/content/dam/chugai/product/ron/div/doc/ron_chuwakasseii_report.pdf?viewas=3)(https://www.mhlw.go.jp/content/000836895.pdf)。

ソトロビマブはコロナ関連ウイルスsarbecovirusのclade1(SARS-CoV-2関連ウイルス+SARS-CoV-1関連ウイルス)のスパイクタンパク質のRBDに存在する、糖鎖構造を含んだ共通の構造に結合する単一の広域中和抗体である。(https://www.serum-therapy.com/blog/post-573/)コロナ関連ウイルスのRBDに存在する、共通の構造に結合する広域中和抗体であるので、どのような変異株が出現しても中和できると期待され、ソトロビマブ(販売名:ゼビュディ点滴静注液)は令和3年9月27日に特例承認を受け、これまでに(2022年3月31日時点)国内の3,476の医療施設で114,295人に投与されている(見込み)という(https://www.mhlw.go.jp/content/000928419.pdf)。その効果については公表されていないが、デルタ株からオミクロン株に置き換わった第6波において、多くの患者に投与されて、一定の効果が得られてきたものと推定できる。ただし、第6波ではオミクロン株(B.1.1.529系統)から、さらに、その亜系統BA.1とBA.2に置き換わっており、BA.1とBA.2に対してソトロビマブの中和活性が保持されているかが注目されていた。

このような状況で、米国FDAから広域中和抗体ソトロビマブの緊急使用許可(EUA)を削除するとの通知が出された(COVID-19 Treatment Guidelines Removes Sotrovimab Recommendation; NIH 2022.04.09)。NIHのGuidelinesでは、削除されたソトロビマブを代替えする中和抗体として、bebtelovimabとEvusheld (tixagevimabとcilgavimabの同梱製剤) が挙げられている。我が国では、令和 4 年 4 月 18 日付の厚労省事務連絡で「omicron 株(B.1.1.529/BA.2系統)については、本剤(ソトロビマブ;筆者加筆)の有効性が減弱するおそれがあることから、他の治療薬が使用できない場合に本剤の投与を検討すること。」と通知されている。

Bebtelovimab(Eli Lilly)は、2022年2月11日にFDAの緊急使用許可(EUA)を獲得し、Lillyは米国政府と600,000ドーズの提供の契約を結んでいる。SARS-CoV-2陽性で重症化リスクが高く、承認済み治療が不適で、入院と酸素療法が不要な免疫不全状態の患者が適応になる。AbCelleraとEli Lillyによる論文(Westendorf, K. et al., LY-CoV1404 (bebtelovimab) potently neutralizes SARS-CoV-2 variants, Cell Reports (2022), doi: https://doi.org/10.1016/j.celrep.2022.110812.)によれば、Bebtelovimabはオミクロン系統の幅広い変異系統とその亜系統(BA.1, BA.1.1とBA.2)を中和することができる。コロンビア大学のグループによる論文(Iketani S et al., Antibody evasion properties of SARS-CoV-2 Omicron. Nature. 2022 Mar 3.)では、調べた19種の中和抗体(ソトロビマブを含む)のうちのわずか2種の抗体(bebtelovimabとcilgavimab)だけがBA.2を中和できることが示されている。cilgavimabは、後述するEvusheld(tixagevimab plus cilgavimab)の中和活性を担っている抗体である。BA.2に対する中和活性を失っていた17種の中和抗体には、開発途中あるいは臨床試験中の主な広域中和抗体(Adagio TherapeuticsのADG2やVir BiotechnologyのS2X259など)が含まれており、広域中和抗体を開発してきた多くの企業が失望したものと推測される。我が国で開発された広域中和抗体NT-193(https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/news/p1/21/09/07/08597/)は、ADG2の認識するエピトープに一部が重なるが異なるエピトープを認識する。ADG2は、驚いたことに、BA.2を中和できないことが明らかになったが、NT-193がオミクロン株とオミクロン亜系統(BA.1, BA.1.1とBA.2)を中和することができるかどうかは、今のところ公表されていない。

Evusheld(開発コード:AZD7442)は、ヴァンダービルト大学メディカルセンターの研究グループがSARS-CoV-2に感染して回復した患者のB細胞から取り出した2種類の中和抗体tixagevimab(AZD8895)とcilgavimab (AZD1061)に由来する(Dong, J., et al. Genetic and structural basis for SARS-CoV-2 variant neutralization by a two-antibody cocktail. Nat Microbiol 6, 1233–1244 (2021). https://doi.org/10.1038/s41564-021-00972-2)。この二つの抗体のライセンス供与を受けたアストラゼネカ社は、それぞれのFc領域を改変して半減期を延長し、Evusheld(tixagevimabとcilgavimabの同梱製剤;開発コードAZD7442)を開発した。Evusheldは米国FDAと英国MHRAのEUAを取得している(アストラゼネカ 2022年3月17日プレスリリース)。また、米国政府は、アストラゼネカと1,200,000ドーズの購入の契約を結んでいる。

 

Evusheldは次のような特質を持つ中和抗体であり、現時点では、最も理想的な中和抗体と言える。

 

  1. 長時間作動性抗体であり、暴露(感染)前予防を適応として承認されている。高リスク集団を対象とした主要第III相臨床試験データは1回投与で少なくとも6ヶ月間の感染・発症リスク低減を示したという。詳細は最近の論文に示されている。(Levin MJ, et al. ; PROVENT Study Group. Intramuscular AZD7442 (Tixagevimab-Cilgavimab) for Prevention of Covid-19. N Engl J Med. 2022 Apr 20. doi: 10.1056/NEJMoa2116620. Epub ahead of print. PMID: 35443106.)
  2. 投与経路が筋肉内投与(Tixagevimab 150mgとCilgavimab150mg)であり、臨床の現場での負担が少ない。
  3. Fc領域の改変により抗体依存性感染増強のリスクを最小限に抑えることができると期待できる。
  4. 世界人口の約2%にあたる人々はCOVID-19ワクチンに対して十分に反応しない免疫不全の状態にあり、感染(重症化)リスクが高いと考えられている。化学療法治療を受けているがんの患者や関節リウマチのために免疫抑制剤を使用中の患者である。これらのワクチンの恩恵を受けることのできない患者が、Evusheldによって感染の予防ができる可能性がある。
  5. 多くの広域中和抗体が中和することのできないオミクロン2亜系統を中和できる。
  6. Evusheldは、幅広い変異系統と多くの変異箇所を有するオミクロン亜系統(1, BA.1.1とBA.2)に共通のエピトープを認識することから、将来出現する新たな系統・亜系統を中和できる可能性が高い。

 

SARS- CoV-2は、大方の予想よりも早く、かつ、思いもつかない変異を起こして、これまで開発されてきた多くの広域中和抗体に対する耐性を獲得してきた。典型的な例が、現在、世界で感染の主流になっているオミクロンBA.2亜系統である。幸い、Eli LillyのBebtelovimabとアストラゼネカのEvusheldにBA.2を中和する能力があったが(どちらも広域中和抗体であるかどうかの検討はされていない)、これらの中和抗体からも逃れることのできるSARS- CoV-2の新たな系統・亜系統が出現する可能性は常にある。暴露(感染)前予防ができる低分子治療薬が登場するまでは、新たな中和抗体の開発競争が継続するだろう。

 

BebtelovimabとEvusheld によって、オミクロンBA.2亜系統による第6波の新規感染者数の高止まりを解消することができる可能性があると考えられるが、この原稿の投稿時点(2022.05.12)では、我が国でのBebtelovimabとEvusheldの特例承認や購入計画などの情報はないようだ。本日改定された「新型コロナ感染症COVID-19診療の手引き第7.2班」(https://www.mhlw.go.jp/content/000936655.pdf)にも、これらの抗体の記載はない。