ヘビ咬傷全体の注意点
- ・マムシ抗毒素でヤマカガシ咬傷は治療できません。その逆も同じです。
- ・小児にも基本的に大人と同じ量の抗毒素を投与します。
- ・アナフィラキシー反応に十分に注意する必要があります。
ヤマカガシは1〜1.5mほどの大きさで、水田、河川付近に生息しています。
牙は後方に位置し、毒腺はその根元に開口しています。毒の成分はトロンビンアクチベーターが主とされています。
咬傷数は40年間の調査で34件が報告されています。
抗毒素製剤の高品質化、及び抗毒素製剤を用いた治療体制に資する研究 [AMED阿戸班]
血清療法ヤマカガシは1〜1.5mほどの大きさで、水田、河川付近に生息しています。
牙は後方に位置し、毒腺はその根元に開口しています。毒の成分はトロンビンアクチベーターが主とされています。
咬傷数は40年間の調査で34件が報告されています。
ヤマカガシ咬傷は、1931年(昭和6年)に起きた49歳男性の「一時性出血性素因を来たせる比較的重篤なりし「やまかがし(Natrix tigrinus)蛇咬症の1例」(1932)が最初の報告はである。10分後に強度の頭痛があったが、一過性で軽快している。出血傾向が認められ、第2病日には血液凝固時間が47分と著明に延長している。溶血による褐色尿や血尿もみられ、現在でもみられる典型的なヤマカガシ咬傷であるが、治療については全く書かれていない。この患者は徐々に軽快し、20日後に退院している。1932年に2例目の報告があるが、詳細は不明である。その20年後の1953年に3例目の報告があり、1歳10ヵ月の男児が咬まれ、出血傾向がみられ、血液凝固時間は45分となり、この症例では輸血とリンゲル液、油性ペニシリンなどが投与されている。徐々に軽快し7日後に退院している。1968年の11歳男児の4例目の報告で、初めてフィブリノーゲン量の記載があり、第3病日に60mg/dlまで減少しており、線溶活性も亢進していた。治療としてはペニシリン、抗ヒスタミン、イプシロン静注(止血作用)、フィブリノーゲン輸注などの処置が行われ、第26病日に退院している。
医学雑誌での報告は非常に少なく、医療関係者にもヤマカガシが毒蛇であることは広まらなかった。特にヤマカガシ咬傷では痛みや腫れを起こすことがなく、重症例でなければ咬傷部位からの出血が止まりにくい程度ですんでいたため、一般には無毒蛇として扱われていた。1971年61歳男性の症例で初めてDICと診断している。フィブリノーゲン20mg/dl以下、血小板 55000まで減少していた。治療としては4,000mlの交換輸血、血液のヘパリン化、血液透析が行われ、その後もヘパリン、フィブリノーゲン、トランサミン(出血傾向治療)、カルシコール(カルシウム補給剤)などが投与され、凝固系の値は回復していったが、排尿はなく10日目の腎生検で広範囲の出血と壊死が認められている。2ヵ月後に肺浮腫を合併して死亡しており、ヤマカガシ咬傷の最初の死亡例として報告されている。
我々は、1980年頃よりヤマカガシ毒の研究を始めたが、それ以前にはヤマカガシ毒についての研究報告は1件(1976)のみで、第Ⅹ因子を活性化するとしている。我々の実験では、マウスへの静注で強い毒性を示したが、皮下注や筋注では1/20程度の毒性であった。全身性の出血を起こし、肺の毛細血管や腎糸球体にフィブリン血栓が認められている。また、強い血液凝固活性、プロトロンビンを活性化することを明らかにした。1984年に中学生がヤマカガシに手を出して咬まれ、脳内出血による死亡例をきっかけに、1986年にはウサギを、1987年にはヤギを免疫して抗毒素を試作した。この抗毒素は、11例で使用され、受傷4日後までに投与(点滴静注)された10例で、顕著な凝固障害、DICを起こしていたにもかかわらず、投与後短時間で出血が止まり、顕著な回復を示した。受傷6日後に投与された1例は、すでに急性腎不全を併発していたので、透析を行い、回復までに1ヵ月近くを要している。その後、2000年に厚生科研研究費によりウマを免疫して抗毒素が製造され、やはり3日後までに投与された全症例では、急性腎不全を併発せずに数日で軽快している。ただし、死亡例4例が数日で脳出血を起こしている。
ヤマカガシ毒の作用は、ほぼ血液凝固促進作用のみであり、ハブやマムシ毒のように直接組織を損傷させることはない。そのため、抗毒素の投与により血中の毒が短時間で中和されると凝固因子の消費がストップする。凝固因子は補充され続けているため、毒の作用がなくなることで急速に増加し始め、短時間で出血傾向が改善する。抗毒素の効果が、短時間で顕著に現れるのがヤマカガシ咬傷の特徴である。
治療においては、低フィブリノーゲン血症やDICと診断された症例では、ヘパリンやメシル酸ガベキサートなどが投与されている。我々の行った動物実験でも、ヘパリンによりある程度凝固異常の改善がみられる。しかし、血凝固作用が強く出血傾向のみられる毒蛇咬傷では、ヘパリンの使用は禁忌とされている。
また、DIC治療で使用されるメシル酸ガベキサート効果は咬傷治療においては明確ではない。血漿交換を行っている症例もあるが、顕著な効果はあまり認められず、3回の血漿交換でも出血傾向が改善せず、抗毒素投与により急速に改善した症例もある。また、抗毒素を投与せずにフィブリノーゲンを補充するのは、血栓形成を促進するため勧められない。
参考資料
小林照幸「毒蛇」文春文庫2000年
Hifumi T, Sakai A, Kondo Y, et al: Venomous snake bites: clinical diagnosis and treatment. J Intensive Care 3:16, 2015, DOI 10.1186/s40560-015-0081-8