抗毒素製剤の高品質化、
及抗毒素製剤を用いた
治療体制に資する研究

お知らせ

2021.01.01高橋元秀教授より血清療法の歴史を紹介いただきました。

ヤマカガシウマ抗毒素の製造と品質管理の経緯

 

高橋元秀  熊本保健科学大学 生物毒素・抗毒素共同研究講座 特命教授

      国立感染症研究所 免疫部 客員研究員

 

破傷風、ジフテリア、ガスえそ疾患は、毒素産生性細菌が創傷部位や喉頭等の局所に定着・侵入して、菌増殖に伴い産生した毒素に起因する。神経毒素、細胞障害性毒素等の作用の違いにより、感染患者はそれぞれ異なる症状・病態が観察される。しかし、患者の治療には100年以上まえに、北里柴三郎らが開発した所謂「血清療法」が用いられ、救命の有効な手段として用いられ著名な効果をあげている。この古典的な血清療法は、細菌毒素だけでなく昆虫類(セ赤ゴケグモ等)や海洋生物(ハブクラゲ)の咬傷患者にも対症療法の道具として用いられている。一般的な製造方法は毒素又は不活化毒素(トキソイドワクチン)をウマ又はヤギ等の動物に頻回接種して高度免疫する。採血して得られる血漿又は血清を原材料として精製工程等を得て製剤化したウマ抗毒素製剤が国際的に利用されている。抗原とする毒素やトキソイドの純度、トキソイド化方法、免疫動物であるウマ等の個体差、接種間隔等の違いがあり、誘導される抗毒素の生産管理には知識と熟練した技術が重要である。   

一方、古典的な血清療法とは別に免疫学、分子生物学、工学の科学の進歩により、安全で品質の安定した製薬の開発が進んでいる。ラクダ科の動物は通常のIgGとは異なる構造である特別な重鎖抗体を有する。免疫して得た血漿中に存在するナノボディVHHVariable domain of the heavy chain of heavy chain antibody)は熱や酸に対する安定性の高さ、15KDaと小さい抗体サイズの特性を生かして大腸菌等への組替え加工・技術を利用した製剤が開発されている(後天性血栓性血小板減少性紫斑病のRituximab RITUXAN)。また、マウスのモノクローナル抗体を人化した抗体が利用・開発され、癌やリウマチの治療薬として薬事法で承認後に実用化されている(慢性関節リウマチ治療薬、 Adalimumab HUMIRA 等)。また、ヒト染色体を導入したマウスに抗原を接種後に産生されるヒト抗体による遺伝子改変技術で作製された製剤(抗体医薬)も開発されている。

さらに、動物の血液由来原料だけでなく、SARSCOVID-19の感染流行に際しては、感染患者の回復期に採血して得られる血漿を無菌操作技術により直接患者に輸血する方式(血漿療法)、および回復患者の血漿を大量に集めて、免疫グロブリンだけを製造所で精製して製剤化して利用する方式(血漿製剤)も国内外では実用化に向かっている。このように抗毒素を用いる血清療法から科学・工学の進歩により開発された人抗体療法は、現在では毒素性疾患だけでなく医療現場では広範囲な疾患に利用される道具となっている。

本稿では古典的なウマ抗毒素を用いた血清療法として現在も公的な研究助成の研究事業として実施しているヤマカガシウマ抗毒素について解説する。まずは、ウマ抗毒素研究における公的研究資金の活用や行政対応を含めた動きを著者が関与した事柄を整理してこの30年の血清療法の流れを振り返える。ウマ抗毒素との最初の出会いは、千葉県血清研究所に在職中に「ボツリヌス抗毒素」の製造と品質管理に直接携わったことである。抗毒素製造のためには、ウマ免疫用の抗原調整、ウマの免疫、血漿採取と精製、製剤化の製造工程がある。ボツリヌスウマ抗毒素は「乾燥E型ボツリヌス抗毒素」と「乾燥ABEF型ボツリヌス抗毒素」の2種類の剤型を製造しており、両者とも国有品として当時の厚生省血液対策課の受注指示により管理されていた。私の役目は両製剤の製造用に用いる Clostridium botulinum  (ボツリヌス菌)A型菌、B型菌、E型菌、F型菌についてそれぞれ別に培養した菌液中の毒素を酸沈殿等で回収して、高濃度のボツリヌス毒素液をカラムクロマトグラフィーで精製することであった。4種類の種菌株の維持管理、培地作製、菌培養、粗毒素、精製毒素等は品質管理試験として、生物学的活性であるマウスを用いた毒素定量試験(LD50)を工程ごとに確認試験を実施していた。毒素はホルマリンで不活化後にウマ免疫用抗原として調整され、当時 佐倉市の牧場で飼育していたウマに接種された。千葉血清は千葉県の公益企業事業体としてワクチン製造だけでなく抗毒素製造にも強く関与しており、ボツリヌス抗毒素以外にも、ガスえそ抗毒素の3種類(Clostridium perfringens, C. novyi, C.septicum)、ジフテリア抗毒素、マムシ抗毒素の製造を担い、血清療法の医学的施術に使命を持っていた。ボツリヌス抗毒素の製造工程と同様に、ガスえそ抗毒素のウマ免疫用抗原作製は菌培養、毒素精製、毒素の不活化方法の詳細を除けば、血漿の精製、製剤化等はほぼ同様であった。ジフテリア抗毒素免疫用抗原は、人用ジフテリアトキソイドを製造していた人製剤製造チームから精製ジフテリアトキソイドの分与を受けて適当なアジュバントとともにウマを高度免疫していた。

平成元年に目黒駅の近くにあった国立予防衛生研究所(予研)に移動して体液性免疫部のトキソイド・抗毒素室の勤務となった。基礎研究とともに国家検定業務としてトキソイドと抗毒素の品質管理試験を担当したことで再びウマ抗毒素の縁となる。当時の部屋には先人研究者の基礎研究の記録が多く残されており、特にガスえそ抗毒素の製造開発は防衛庁委託研究としても実施されていた。1950~1960年の記録・報告書では創傷感染症であるガスえそ疾患は第二次大戦でも兵士が罹患して血清療法が重要な道具であったことを強く感じることとなった。また、ハブ抗毒素の血清療法の研究とともに、予防を目的としたトキソイドの試作製造や品質管理に関する貴重な資料も保存されていた。

1992年に予研は新宿戸山庁舎と武蔵村山庁舎に研究部、業務は分割され、1997年に名称は国立感染症研究所(感染研)に改称された。筆者が予研、感染研で所属していた部室ではトキソイドと抗毒素の基礎研究と品質管理業務が承継され、ウマ抗毒素を用いた血清療法に関しても厚生行政をサポートする研究機関として厚生省内所轄部局と継続的な情報交換をおこなってきた。

 

本稿では1998-1999年(平成10-11年度)の研究班の一部活動として開始されたヤマカガシウマ抗毒素の試作製造と品質管理に関して、現在まで継続されている研究の流れを振り返る。

厚生科学特別研究事業の「健康危機管理のための抗毒素の開発・備蓄システムの開発に関する研究」班は、感染研の倉田毅班長の研究総括のもとで荒川宜親(感染研 細菌・血液製剤部)、高橋元秀(同部)、島崎修次(杏林大学医学部救急医学教室)、鳥羽通久(()日本蛇族学術研究センター)、金城喜榮(沖縄県衛生環境研究所)により組織された。研究班全体の目的は、血清療法に用いるウマ抗毒素は、きわめて稀にしか発生しないため、企業における開発は期待できない現状にあった。従って、国内で新規及び緊急的に製造可能な抗毒素については試験製造を行い、海外から輸入可能なものについては入手経路を明確化して緊急体制を整えることした。また、確保できた製剤の品質管理は、生物学的製剤基準に則り、また新しい分子生物学的、物理化学的手法を導入した品質管理法を検討することも視野にいれている。さらに、品質保証が確認された抗毒素は、国内数箇所の拠点で管理、保管し、緊急時に対処可能な組織、システムを確立することを目的としている。この中でヤマカガシ抗毒素の血清療法としての以下のように重要性が確認されて試作製造が始まった。

ヤマカガシは日本全土に生息し、昔は毒蛇ではないとされていた。実際には毒があり、咬傷により血液凝固系に機能障害をおこし死に至った例も報告されていた。 過去に日本蛇族学術研究所の研究者らがウサギとヤギを免疫し、ヤマカガシ抗毒素を試験製造し、緊急措置として治療に用いられ、咬傷患者に有効性が認められた報告があった。この抗毒素の在庫が枯渇してきたことから研究班の一部活動として緊急製造することとなった。ウマ抗毒素製剤を製造していた㈶化学及血清療法研究所(化血研)の協力を仰ぐこととなった。化血研では薬事法に対応するマムシとハブ抗毒素を製造していたため、製造承認品目と混乱を防ぐための議論があった。ヤマカガシ抗毒素の製造責任は研究班で負うことを明確にするために、試作品のラベルにはこの点を明記することで、研究班の研究活動の範疇で実施することとした。研究協力者(敬称略)には感染研の山本明彦、福田 靖、化血研の大隈邦夫、諸熊一則、有働睦夫、小堀徳廣を始めとする抗毒素製造や品質試験および阿蘇支所部門の方々、㈶日本蛇族学術研究所の堺 淳、および日本熱帯医学協会 川村善治、およびオブザーバーとして厚生労働省 血液対策課の中井清人補佐らが参加した。

研究班の開始当初の平成1010月から123月までの研究期間内ではすべてを終了することは困難なことが推定された。そのためウマ免疫以降の工程は次期研究班でも継続する必要があることも確認していた。

免疫動物としては原血漿が多量に採れる山羊とウマを当初の候補としていたが、 蛇の捕獲数と採取した毒素量が十分であったこと、国内の抗毒素製剤は全てウマ抗毒素製剤であり、人体への投与実績と人畜共通感染症の観点からウマを用いることを選択した。本格的な活動を開始し、ヤマカガシの捕獲(業者依頼)、毒腺の採取、毒素の抽出と精製、ウマへの高度免疫、血漿の確保・精製・製剤化の計画を具体化し始めた。毒素を不活化したトキソイドと毒素そのものを2頭のウマに免疫を開始した。抗体応答は毒素を特異的に中和する抗毒素抗体価(中和抗体)を定量する方法を用いた。数回接種して高度免疫した血清は、以前作製されたヤギ抗毒素の力価と比較した結果、同等の力価が得られた。

 

免疫馬からの採血、血漿の精製、製剤化は平成12(2000)年度~平成14(2002)年度「安定供給に向けた国内外の抗毒素製剤の品質管理に関する研究」班の一部活動として継続して実施した。高橋元秀、堀内善信(国立感染症研究所), 後藤紀久(国立感染症研究所), 佐々木次雄(国立感染症研究所), 大隈邦夫(化学及血清療法研究所),丸山成和(千葉県血清研究所),桑原靖(デンカ生研株式会社)らによる主な研究概要を示す。本研究班では、国内で緊急対応または枯渇が予想される製剤である海外製造所産のウミヘビ抗毒素、まむし抗毒素、ボツリヌス抗毒素を入手した。安全性試験として無菌試験、発熱物質否定試験(エンドトキシン試験)、 異常毒性否定試験を行い、力価試験が国内基準にある製剤は基準に照らし合わせて試験をして、限られた製剤と試験により品質を明らかにした。また、まむし抗毒素は中国、日本および韓国で市販されており、3ヶ国の国家検定担当者で協議後、候補標準品を選定し、標準化試験を実施し、アジア地区標準品を作製した。

本研究班活動と並行して実施していたヤマカガシ抗毒素の製造に関しては、ウマ抗毒素を製造する化血研の施設、知識および技術に頼り、凍結乾燥品ができあがり、引き続き感染研とともに品質試験を実施して安全性と実験動物による有効性確認をおこなった。製造方法と品質試験等の詳細は以下の論文を参照されたい。Experimental Manufacture of Equine Antivenom against Yamakagashi (Rhabdophis tigrinus). Kazunori Morokuma et al, Jpn. J. Infect. Dis., 64, 397-402, 2011.

 

凍結乾燥標品は安定性に優れているが、試作製造後10年を経過したころから品質低下を確認する必要性の議論があり実施することとなった。ヤマカガシウマ抗毒素の製造・品質管理の研究班は終了していたが、ウマ抗毒素に関連する研究班の活動として2013年から限定した試験項目を実施することとなった。試験は抗毒素製剤を製造する化血研の協力を得て実施している。現在承認されている凍結乾燥ウマ抗毒素製剤の有効期限は10年である。乾燥品の経年保存により含湿度が高くなることが知られており、生物学的製剤基準の3%以下であることを確認している。また、溶解時間の変化、溶解後の不溶性異物も品質確認項目として検査を実施している。表に示すとおりに製造直後の含湿度は0.3%前後であったが現在は約0.6%に上昇していること、溶解時間が遅れている結果が得られており、2020年度は力価試験も実施する予定である。

2013年度-2018年度に実施した厚生科学研究とAMED研究費「抗毒素の品質管理及び抗毒素を使用した治療法に関する研究」:一二三亨研究代表者(聖路加国際大学)では、臨床研究としてセアカゴケグモウマ抗毒素の試作製造とともに凍結乾燥標品の非臨床試験の実施、使用時の副反応対策としての保証体制の整備、咬傷発生時のスムースな抗毒素輸送の検討と備蓄場所の検討等の検証・研究が行われた。詳細の研究については、一二三研究代表者の報告を参照されたい。さらに、現在実施している「抗毒素製剤の高品質化、及び抗毒素製剤を用いた治療体制に資する研究」(2019年度-2021年度 AMED医薬品プロジェクト:研究代表者 阿戸学 感染研)では、上述の通り前ウマ抗毒素は製造後20年をすぎたため、例年の品質試験項目だけでなく力価試験も予定し、さらに、次期ヤマカガシウマ抗毒素の製造についても検討されている。これらの研究内容と実施状況については公開されているAMED研究報告書を参照されたい。

 

 表3中の力価試験で抗凝固活性において1バイアル当たりの毒素中和能は2000年度の製造直後と2013年度および2017年度の値が多くの毒素を中和できる結果となっている。2000年度に凍結乾燥品した毒素を各試験では使用しているが、毒素の安定性試験は実施していない。同じ試験毒素を用いて抗凝固と抗出血を測定していても抗凝固だけに差が生じていることの原因調査として、過去の試験記録と2020年度に実施する試験の結果を含めて分析を行う予定である。

 

図1.ウマ免疫方法と抗毒素誘導の推移

図2.完成した試作品(凍結乾燥やまかがしウマ抗毒素)

表1.血清療法に用いている国内製造ウマ抗毒素製剤一覧

  -力価試験法の概要―

表2. 品質管理試験の結果

表3.継続的な品質確認試験の実施状況