抗毒素製剤の高品質化、及び抗毒素製剤を用いた治療体制に資する研究 [AMED阿戸班]

対談CONVERSATION

対談 北里 英郎×一二三 亨 「血清療法の現状とこれから」

CROSS TALK

血清療法の現状とこれから

北里 英郎×一二三 亨

近代日本医学の父にして、血清療法のパイオニアである北里柴三郎博士の功績を讃える北里柴三郎記念館。熊本県阿蘇郡の同館を訪問し、北里博士のひ孫である北里英郎館長とお話しさせていただきました。北里館長ご自身、北里大学で名誉教授も務める微生物学の権威。血清療法が今後進むべき方向性についてもヒントをいただける、大変有意義な対談となりました。

血清療法が抱える問題点 「我々サイエンティストはデータが勝負」(北里)

01 血清療法が抱える問題点 「我々サイエンティストはデータが勝負」(北里)

一二三:私の方から少し現状についてお話しさせてください。抗毒素、つまり毒に対して使う血清療法において少し泣きどころなのが、中毒か、感染症か、判然としないところです。私が血清療法に取り組み始めたのも、研究所の先生方が「血清は中毒にあるものだから、感染症の範疇ではない。誰かいないか?」ということで話がまわってきたのがそもそものきっかけなのですが、グラントという形で助成を受けるにしても、中毒のグラントなのか、それとも感染症のグラントなのか・・・、これが、血清療法が現在抱えている根本的な問題です。抗毒素・抗血清は国有品/市販品/臨床研究の3つに分類できますが、臨床研究で使用されているヤマカガシ抗毒素やセアカゴケグモ抗毒素はいわゆる中毒に当たるもので、保険承認にされていないので臨床研究でしか実施できないという状況があります。

北里:ここでいう、中毒の考え方というのはどういうことでしょうか?

一二三:血液中に入った毒素を抗体でトラップする。シンプルにそれだけと考えられています。

01 血清療法が抱える問題点 「我々サイエンティストはデータが勝負」(北里)

北里:それは中毒の、抗毒素による毒素の中和でしょうか?

一二三:はい。中毒といいますか、いわゆる自然毒の範疇になります。血清というとみなさんパッと思い浮かぶのがマムシの血清だと思いますが、私に言わせればマムシ抗毒素は抗毒素の中で一番効きがふわっとしていると思います。ですので、多くの臨床医は血清と聞くと、「ん?」となります。マムシに噛まれるとパンパンに腫れますが、その腫れを抑える作用がマムシ抗毒素は弱いように思います。自然毒なので毒素がマルチで、抗体でやっつけたとしても(拡大は抑えることができても)腫脹を劇的には抑えきれないというのがマムシの血清における問題点だと思っています。

北里:マムシの血清は何で作っているのですか?

一二三:ウマです。国内のメーカーで作っています。これだけが何とか採算ベースに合うと言われており、他の抗毒素はすべて採算に合いません。

北里:これは、それを抗体製剤としてもう少し純度を上げるということですか?

一二三:マムシは毒成分が多数ありすぎて、複数のモノクローナル抗体をカクテル化するのも少し難しいと思います。

北里:現在も国内メーカーで作っているのですか?

一二三:はい。年間約2,000バイアルくらい作って、同じくらい払い出しがあるので、マムシに関しては採算が合うようです。

北里:複数毒があるから、これはウマ血清で採算ベースに合うのですね。

一二三:はい。ただ、ウマ血清にも大きな問題点があります。添付文書が作られてからすでに50年以上が経過しており、アレルギーの危険性があるので皮内テストをしましょうというのが、マムシに限らず、すべての添付文書に残っているのです。今、私が中心となって、皮内テストは不要、海外基準でアドレナリンの前投与をしましょうというルールに変えようとしています。

北里:要するに、一刻を争う中、皮内テストをやっている時間はないということですか。

一二三:何ccかを少し打って、ダメならまた・・・といった具合に、やり方がすごく複雑です。臨床医にアンケート調査をしたところ、キャリア10年以下の若い先生はそもそもそんな記載自体を知らない、20年以上の先生でも半分以上がやったことがないというのが実情で、メーカーの方にもよく問い合わせがあるそうです。ご存じのとおり、添付文書の記載の修正は非常に困難ですが、ぜひとも取り組みたいと思っています。

北里:アドレナリンを前投与しておけば、アレルギー反応はまず起きないのでしょうか。

一二三:そう考えます。ただアドレナリンを前投与に使うとなると、今度は保険の承認に関してコンプライアンス的な問題が出てきます。ですので、こうした整備も含めて、今後5年かけて今の実診療に合うようにしていこうと思っています。現在、中毒学会を通じて関係各所に掛け合ってもらうようにしていますが、最後、あと一押しというところが出てきそうな予感がします。ぜひ北里先生にもお力添えを願えると有難いです。

北里:我々はサイエンティストなので、やはりこういうデータがあるから大丈夫というものを示さないとダメだと思います。科学的エビデンスに基づき、アドレナリン前投与をするとこういう理由でアレルギー反応が起こらないとか、やはり一二三先生がまず論文を書かれた上で・・・というのが基本だと思います。

一二三:貴重なアドバイス、ありがとうございます。

代わりのきかない存在を目指して 「受け継いでいきたい北里柴三郎博士の想い」(一二三)

02 代わりのきかない存在を目指して 「受け継いでいきたい北里柴三郎博士の想い」(一二三)

北里:一二三先生のこうした活動は、聖路加国際病院も結構バックアップしてくれているのですか?

一二三:院長の石松先生は同じ救急ですし、前任の福井先生も本研究には大変御支援いただきました。ただ、これは私のやり方がよくないのですが、かつて北里柴三郎博士がお弟子さんを何人も抱えてやられていたような体制は作れていません。

北里:一二三先生、それは時代が違うからだと思います。あの頃は、抗菌薬もなく命を救う手段が血清しかありませんでした。今の時代、難しいのは、抗体製剤とか抗菌薬とか色々ありますから、血清療法を用いる必然性を十分ご理解頂く必然性があります。つまり、血清療法のデメリットである、抗体成分以外の移入に関するリスクを説明することが肝要ではないでしょうか。将来的には、その抗体の抗体製剤を使うのがリスク回避・軽減には有効ですが、それがない場合、ウマ血清の問題、アレルギーっていうのは。抗体成分以外のものがアレルギーを引き起こしていることをきちんと理解することが必要です。

02 代わりのきかない存在を目指して 「受け継いでいきたい北里柴三郎博士の想い」(一二三)

一二三:それから、研究体制としてヤマカガシが結構問題ですね。マムシも年間10人くらい亡くなってしまうのですが、ヤマカガシの方が重症で、今臨床研究のスキームという形で365日体制を私が担当しています。患者さんがヤマカガシに噛まれて病院を受診すると、診察医はまず困り果てます。そこで蛇咬傷の場合には日本蛇族学術研究所の堺先生に相談して、堺先生から私に連絡が来て、血清を払い出すような形で行っています。このヤマカガシの抗毒素は2000年に研究班で作ったものですが、ものすごく効きます。ヤマカガシに噛まれると血が止まらなくなって血を止めるフィブリノゲンが0になるのですが、投与するともうV字回復で、二日くらい経ってから遅れて投与しても効果が期待できます。バイアルなので、ゴム栓もボロボロになる可能性もあるのですが・・もう22年使っています(笑)

北里:それでは、ある意味安定しているということですよね?

一二三:おっしゃるとおり、安定しています。やっぱりものがいいですね、日本製は。次の血清すら作っていないです。

北里:何で承認しないのですか?

一二三:今まで科学的エビデンスと言えるようなものがなかったので、2021年度に今までのデータを後ろ向きに調査して50年間で43例、死亡者数5例というデータをまとめました。これをもとに、年間1例か2例しかない重症例に対し、次どういうデータを揃えれば承認薬にいけるのかというのを今後関係各所に聞くことにしています。

北里:基礎の研究で中和抗体用いた沈降試験というのは当然やっているわけですか?それに症例データを付けて論文化してもダメですか?

一二三:承認薬となるには、承認された場合に製造体制をずっと維持できるかが一つの鍵となりますが、一方のメーカー側としては採算がとれるかどうかという問題もあります。ですので、医師個人の臨床研究という枠組みで患者に抗毒素を投与する、というのは大変安価な方法と言えると思います。

北里:例えば、噛まれた患者さんがいて、本人の同意書をとった上で使う分には問題ないということでしょうか?

一二三:問題ないです。入院費用が高い時には300万円程かかりますが、それは研究費で全額支払われます。

北里:なぜ300万円もかかるのですか?

一二三:抗毒素自体は当然無料なのですが、重症なので集中治療室に入ります。

北里:それが自費扱いなのですね。

一二三:一泊泊まるだけで集中治療加算などで10万円しますので、20日くらいいるともう・・・。ですので、一昨年くらいは研究費が途中で無くなって、研究がほぼストップしたこともありました(笑)しかし、どこも同じようなものだと思います。臨床研究ではいろいろな病院に抗毒素をあらかじめ保管してやっていたのですが、今はカーゴ便に頼めば日本全国7、8時間もあれば届けてもらえるので、あまり多くの病院には置かないようにしています。実際に松江であった症例では、ヤマカガシに噛まれて重症だった17歳の子が、保管施設からヤマカガシ抗毒素を送って助かりました。

北里:ヤマカガシはどの辺にいるのですか?

一二三:田んぼにいます。脅かすわけではありませんが、このあたりも蛙の鳴き声ってよく聞こえると思いますが、確実にいます。蛙を食べるので。ですが、噛まれても大丈夫です。ハブと比べて、ヤマカガシの牙って非常に小さいです。一回噛まれても、すぐに手を離せば、ほぼ無毒です。それなら、重症になるのはというと、子供が蛇で遊んで何回も噛ませたり、あとは最近だと自殺目的です。少し時代が変わってきています。

安全な抗体製剤への挑戦 「壁に当たっても、前進することに意味がある」(一二三)

03 安全な抗体製剤への挑戦 「壁に当たっても、前進することに意味がある」(一二三)

一二三:そして、安全な抗体製剤としてヒトモノクローナル抗体化も推進しています。まずは回復者血清、すなわち噛まれた人からの血清が一番いいのですが、過去に何度かチャンスがありましたが、結果的にうまくいきませんでした。最初はみなさん承諾していただけるものの、それでは何月何日に取りに伺いますというと、最終的に協力いただけないことがありました。完全なボランティアなので気持ちに応えていただくしかないのですが、時代も変わってきているのかなと感じます。インセンティブのようなものを用意すべきなのか・・・なかなか難しいです。

北里:研究費はどこから?

一二三:これ自体はAMEDです。私は回復患者さんから血を取るだけで、国立感染研の先生がモノクローナル抗体化を行います。

北里:それでは、まだ十分に取れていないということですね。

一二三:ゼロです。お恥ずかしい話です。血を取るだけなので、当然アレルギーはないのですが、血清療法というとどうしても話がそこにつながったり。そんなわけで、話がだんだん難しい方向にいっているのが現状です。

北里:残念ですね。

一二三:北里柴三郎博士も、まさかそんな未来が百何十年後かに来るとは思っていなかったでしょうね。

北里:(笑)

一二三:笑っていらっしゃるかもしれないですね。なんか苦労してるなーと(笑)

北里:そうだと思います(笑)

一二三:他にも、クモも同じようにやっています。セアカゴケグモと言って、噛まれても死にはしないものの、強烈な痛みで、社会的に大きな話題になったので今もやっています。クモ毒の中和の抗体です。

北里:日本に昔からいたのですか?

一二三:オーストラリアから入ってきたのです。最初、貨物を入れる関西空港や福岡で広まって、今や日本全体に広がりました。これは何が問題かというと、輸入の抗体製剤というところです。毎回オーストラリアのCSL社から私の個人輸入という形でセアカゴケグモ抗毒素を輸入しています。

北里:なぜ先生がそんなことまでなさるのですか?

一二三:いろいろな先生に言われるのですが、これが現実なのです。ですが、北里先生に話を聞いていただけるだけで、あと20年くらい頑張れます(笑)こんなこと続けていたらダメだ、製剤化しようということで、一回国産で作りました。この時、AMEDは十分な研究費を付けてくれました。ところが、非臨床試験も終わって臨床試験に行くという時に、採算性の問題から研究開発をストップせざるを得なくなりました。ですので、今も2,000本くらいメーカーの冷蔵庫にあります。この時代コンプライアンス遵守が求められますので、いきなり人投与というわけにはいかないですが、製剤としてはしっかりとしたものがすでに国内にあります。

さらなる領域に行くために 「信頼できるパートナーとの協力が不可欠」(北里)

04 さらなる領域に行くために 「信頼できるパートナーとの協力が不可欠」(北里)

一二三:次は、ハブクラゲやオニダルマオコゼなど海洋生物の自然毒です。地球が暖かくなり、沖縄だけじゃなくて九州、奄美、それから関東でも問題になるので、そのあたりも整備するという話です。まだ初期の段階ですが、現場のニーズが大きければ海洋生物の抗毒素をオーストラリアから輸入し国内で保存することも視野に入れています。今、感染症で私たちの救急領域で最も治らないのが、Clostridium perfringens (クロストリジウム パーフリンジェンス) 感染症です。怪我して感染ではなく、肝臓とかに膿の塊を作ってしまう敗血症に至ることがあります。これになると溶血して尿が真っ赤になるのですが、すぐに亡くなってしまいます。この菌の中和抗体がまさしくこのガス壊疽抗毒素です。そもそも戦争などで受傷して感染してという、いわゆるガス壊疽のために、国内メーカーで作って国家備蓄品として持っていたのです。それが内因性のC. perfringensの感染症を中和できるということになり、5年くらい前に私が香川大学の大学院にいた時に実際の症例で投与したところ、助かったのです。当初はそんなに効かないのではないかと思っていましたが、劇的な効果でした。ただ、これを論文化するには十分な準備ができていませんでした。それで、今何をやっているかというと、一回成功したのだから必ず同じ症例があった場合に効くはずだ、そしてその時は必ず十分な準備をしてペーパーにしてということを基本に、この研究を深くやらせてほしいということで本年度から研究費を増額していただきました。

北里C. perfringensに感染してどれくらいの人がこういう症状になりますか?

一二三:お気づきのとおり、全然ならないのです。一方で、食中毒の菌でなぜか溶血してしまう人は圧倒的に死に至る過程を辿ります。ですので、難しいのが、C. perfringensが培養結果から出た人を後ろ向きにさかのぼっていっても、少し病態は違うのです。C. perfringensを肝臓に入れたとしても、当然、発症モデルにはならないのです。

北里:ならないですね。もともとこれが偏性嫌気性菌だから、食べ物か、血液なのか、どのように肝臓まで辿りつくか調べないと。しかしこれはα毒素ですよね?

一二三:はい。α毒素です。

北里C. perfringensで経口で入ってきた毒素が肝臓に辿りつくと、こういうことが起きるのですか?

一二三:おそらく、腸管、門脈、肝臓だと思っているのですが、これは血清療法の細菌学領域では今もっとも力をいれたいところです。

北里:誰か、C. perfringensの専門家の方と一緒にはやられていないのですか?

一二三:一緒にやりたかった先生はいたのですが、辞められてしまって。ですので、今年から新しい研究パートナーを探しています。

北里:中々いないです。そもそもC. perfringensをやっている人があまりいないですし。しかし、やはりこれは基礎の人とタイアップしないと厳しいですよね。

一二三:はい。そして、古典的なCorynebacterium diphtheriae (コリネバクテリウムジフテリア)というのは既にワクチンの影響ですが、Corynebacterium ulcerans (コリネバクテリウムウルセランス) 感染症、C. diphtheriae類似疾患、これがC. diphtheriaeのような偽膜を形成します。

北里:このC. ulceransC. diphtheriaeとはどこが違うのですか?

一二三:先生がおっしゃるように欧米では同じ扱いだと聞きましたが、これが日本で増えてきています。

北里:起因菌はC. diphtheriaeなのですか?

一二三C. ulceransです。ただ、これにも当然C. diphtheriaeの抗毒素が効きますので、日本はもう純粋なC. diphtheriaeは見られないのでこちらを進めています。それから、最後に北里柴三郎博士が取り組まれていた破傷風の話も。破傷風トキソイドが現在どういう状況かといいますと、採算性が悪いので各社撤退してきています。製造が2社あって製造体制を上げているので今後も大丈夫だと言いますが、以前は製造5社・販売5社あったのが、現在は製造2社・販売1社ということを考えると、私は安定供給という意味では危ないと思っています。それでは企業として成り立つように先生がどうにかして下さいよと言われても、私自身もどうしたらいいか分からないところがあるのですが・・・。

北里:と言うより、これはもう完全に行政の問題ですよね。

一二三:はい。行政も今コロナで手一杯なのもあるのでしょうが、抱える問題があまりにも複雑なので、担当官としても「自分の任期の3年くらいで解決せずに人に渡すのも・・・」という感覚なのかなと思います。

北里:それが現状なわけですね。

一二三:はい。ですが、今ホームページを作らせていただいて、このような機会をいただき、本当にありがとうございます。現状あまりいい話もないのですが、ただ北里柴三郎博士が始められた研究を受け継いで、こういう風にやらせてもらっているのは大変幸せだと思っています。

北里:先生の現状もよく分かりました。私に取材が来た時は、私の考えを申し上げたいと思います。大変でしょうけれど、地道にいいパートナーを見つけて、ペーパーをなるべくいいところに積み上げていくしかないですよね。やはり基礎とのパートナーシップが一二三先生のエリアだと絶対必須ですよ。

これからを担う人たちへ 「視野を広げることが、将来の助けになる」(北里)

05 これからを担う人たちへ 「視野を広げることが、将来の助けになる」(北里)

一二三:血清療法は今お話ししたような状況なのですが、少し北里先生ご自身の今後のこともお伺いしてよろしいですか。

北里:任期が3年なのでどこまでできるかわかりませんが、機会があれば高校などへ出かけて行って、人の恩に報いることや夢を成し遂げることの大切さを啓発していきたいと思っています。熊本出身で初めてお札になる柴三郎という人の偉業を追うことももちろん重要ですが、人の生き方の一つのモデルとして彼の生涯について若い人たちに伝えていければと考えています。それから、私自身おそらく9年留学しなければ多分教授にもならなかったし、今日一二三先生とお話しすることもなかったと思います。フランス・ドイツ・チェコと3年ずついたのですが、結果が出なければクビだという世界で少しは鍛えていただいて、それぞれの国の文化も学べましたし、かけがえのない友人もできました。視野を広げるという意味でも、すごく大事だと思います。今の若い人たちはそういった形で留学する人が非常に少ないです。それは、帰ってきてもポジションがないという現実もあると思います。

一二三:私も留学していません。

北里:医師の方はまだどうにか食べていけるかもしれないですが、PhDの人は全部辞めていったら何の保証もありません。ずっとポスドクや流動研究員で、非常勤講師で食いつなぎながら・・・という方もいらっしゃいます。それはものすごく大変なことだと思います。

一二三:今、働き方改革が進む中で、アカデミアはどう思われていますか?例えば国立の研究所の先生は平日24時くらいまでいらっしゃいますけど、普通の仕事だと8時間9時間10時間居られないのですよね。

北里:同じです。今や教員もタイムカードを押すので、あまりひどいと、産業医面談などが入ります。大学教員も決められた時間で決められた活動をするしかなくなってしまいました。

一二三:私の勝手なイメージですが、欧米ではしっかり休んでしっかり研究する、それは昔からできているのですか?

北里:そうですね。一つにはちゃんと分業化されています。例えば欧米だと技術員さんの非常にレベルが高くて、分業化と効率化が上手く噛み合っているのに対し、日本は研究・教育それに会議も全部自分でやらないといけません。それでは、当然8時間、9時間では無理ですよね。ですからシステムが全然違います。欧米は実験器具を洗う方もいらっしゃいます。自分で洗おうとすると、仕事を取らないでくれと怒られてしまいます。

一二三:そうなのですね(笑)

北里:そう(笑)向こうは洗ってはいけないのです。そして研究者の方はそういう器具洗いの人たちのこともちゃんとリスペクトしていて、学会賞でお金をいただいたらみんなに分配しています。「プロフェッサーはジェントルマンかつロマンティストであれ、研究所から出ても尊敬される人が真のプロフェッサーだ。」私はそういう風に学びました。

一二三:このまま行くと日本はシステム的に全く何もできてなくて、働き方改革だけで大きく沈みますね。

北里:ただ無いものを言っても仕方ありません。先生たちご自身で可能な限り時間をどう使うか、何を並行してやって、どう効率化を図るかというのをやるしかないと思いますよ。助成研究など取れる人は優秀な人を恒常的に雇えると全然違うと思います。ただ一部の研究機関などは割と技術員さんを雇えるところも多いですし、ポテンシャルを持っている方はいっぱいいらっしゃるので、そういった方を雇用して研究の効率化を図るべきだと思います。それから繰り返しになりますが、基礎とタイアップして論文化も含めて信頼できるパートナーを作ることが肝要だと思います。

一二三:私が今日感じたのは、若手医師に先生のお話は絶対に必要だと思っておりまして、学会の講演などお願いしてもよろしいでしょうか。

北里:もちろんです。熊本の学会でもいくつかお願いされていますが、そういう機会があればぜひやらせていただきます。

一二三:ありがとうございます。本日は凄く長くなってしまって申し訳ありません。大変貴重なお時間でした。

北里:こちらこそ、ありがとうございました。

PROFILE

PROFILE

聖路加国際病院 救急部 医長 / CCM・HCU室長

一二三 亨

(ひふみ とおる)

北里柴三郎博士の「血清療法」を現代に引き継ぎ、国内で唯一「血清療法」の臨床と研究を行う。救急医として日夜救命救急の現場で活躍する傍ら、有毒生物による咬刺傷の研究に取り組む。ヤマカガシ抗毒素を使用した臨床研究では、24時間365日体制で日本全体の重症症例を担当。専門分野は、血清療法、神経集中治療、外傷、敗血症、気道管理。

北里柴三郎記念館 館長 / 北里大学 名誉教授

北里 英郎

(きたさと ひでろう)

「血清療法」を確立し、世界の医学史にその名を遺す細菌学者・北里柴三郎博士のひ孫。自身も研究者として海外への留学経験を持ち、北里大学 医療衛生学部 教授、学部長を経て、2022年7月北里柴三郎記念館館長に就任。現在に至る。